成功事例

ハムシラジ・マルシ・サリ(Hamsiraji Marusi Sali)(死亡)

フィリピンにおける米国人拉致・殺害

RFJは、100万ドルの報酬を、アブ・サヤフ・グループ(Abu Sayyaf Group: ASG)の司令官ハムシラジ・サリの位置特定につながった情報に対して支払った。

ハムシラジ・サリは、ASGによる2000年8月28日のジェフリー・シリング(Jeffrey Schilling)拉致および2001年5月27日のドス・パルマス(Dos Palmas)での拉致事件に加わった。ジェフリー・シリングの解放と引き換えに、ASGは1000万ドルと、米国刑務所からの国際テロリスト3人――アルカイダ工作員、ラムジ・ユセフ(Ramzi Yousef)、ワリ・ハーン(Wali Khan)、オマル・アブド・アル・ラフマン(Omar Abd al-Rahman。別名「盲目の導師(“the Blind Sheikh”)」。エジプト・テロ集団アル・ガマーア・アル・イスラミーヤ(al-Gama’at al-Islamiyya)の精神的指導者)――の解放を要求した。

2001年4月12日、ジェフリー・シリングは、フィリピン軍によるASGキャンプ急襲時、無事避難して保護され、米国に送還された。

2001年5月27日、ASGは、フィリピン、パラワン州のドス・パルマス・アイランド・リゾートから米国民3人を拉致した。拉致された3人の米国人は、ギラーモ・ソベロ(Guillermo Sobero)、ならびに米国宣教師マーティンおよびグレイシア・バーナム夫妻(Martin and Gracia Burnham)と判明した。2001年6月11日、ASGのスポークスマン、アブ・サバヤ(Abu Sabaya)が、フィリピン大統領グロリア・マカパガル=アロヨへの「誕生日プレゼント」として、ギラーモ・ソベロを処刑した旨の声明を出した。2001年10月7日、バシラン島から人の頭蓋骨が回収され、ギラーモ・ソベロであることが認められた。2002年6月、マーティン・バーナムは、フィリピン兵士とASGの交戦中に死亡。グレイシア・バーナムは負傷したが救出され、米国に送還された。

2002年2月、サリは、ワシントンDCにおける米国連邦大陪審により、共謀致死、人質強要、および3件の人質強要致死の罪で起訴された。2004年4月8日、複数通報者からの情報に基づき、フィリピン陸軍スカウトレンジャーがサリ捕捉のため出動したが、ソライマンは兵士との銃撃戦中に殺害された。

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